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      MAIL MAGAZINE  梟雑話

       2002/06/10  [004]

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 ふくらうはふくらうでわたしはわたしでねむれない
                 山頭火の句
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小学2年担任の先生は大好きだった1年の先生が持ち上がることになり喜んで
いたら、突然父が転勤になった。
札幌からはじめて蒸気機関車が牽く汽車に乗って一体何時間かかったのだろう
か、上り下りの多い巨木の生い茂る林間を走りいくつものトンネルをくぐった。
トンネルのたびに車内はいぶくさい匂いで一杯になりトンネルを抜けると皆一
斉に窓を開けて空気を入れ替えねばならなかった。手や顔は次第に黒ずみ鼻を
かむと鼻のなかは真っ黒だった。その頃の列車内には冬は煙突を車外に出すよ
うに取り付けた石炭を燃やす鉄製の胴が膨らんだダルマストーブというのがつ
けてあり客はそれで暖を取っていた。
途中倶知安(くっちゃん)という駅で胆振(いぶり)線に乗り換えて、降り立
った駅は留産(るさん)という小さい小さい駅だった。
駅前には数件の家があるだけで、山林の間を単線が何処までも続いているのが
見える。ほかに降りる客はいなかった。
そこで出迎えてくれていたのは藁を敷き詰めて座布団を敷いた木製の車輪の馬
車と職員の方だった。
北海道の山奥はまだまだ寒く用意してくれていた角巻き(大きな正方形の毛織
の布で半分に折って三角形を作り体に巻いて防寒にする)で身をくるみ正座し
てがたごと揺られて行くことになった。
両親と一緒とはいえ弟2人妹の私たち兄弟4人は見たことも聞いたこともない
世界に足を踏み込んだ不安と驚きでいっぱいだった。
私たちを乗せた馬車は雪解けの水でごうごうと流れる尻別川という大きな川に
かかる欄干もない太い丸太を敷き詰めた橋を渡って、険しい川沿いの細い道を
しばらく行きさらに奥へ奥へとすすんだ。
行き交うものは何もなく森閑とした中にぱかぽこぱかぽこ、ぎしぎしぎしぎし、
時折話す父と職員の人の声と小鳥の声と・・・・・母と私たちは無言だった。
虻田郡真狩村字美原(あぶたぐんまっかりむらあざみはら)・・・・・農林省
の馬鈴薯の種いもを作る農場だった。 畑は果てしなく広がっているが官舎は
30戸に満たない小さな小さな集落だった。陸の孤島とも言うべきところで新
しい生活が始まった。  

  みちはうねってのぼってゆく春の山  山頭火

  道はでこぼこの明暗  山頭火

  まっすぐな道で淋しい  山頭火

  旅のつかれの夕月がほっかり  山頭火

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    著者 佐藤北耀

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