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      MAIL MAGAZINE  梟雑話

       2002/07/29  [012]

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 ふくらうはふくらうでわたしはわたしでねむれない
                 山頭火の句
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蕎麦の花

近所の小さな畑に蕎麦の花が咲いている。白い花だ。
近年は蕎麦ブームで、蕎麦粉の産地を銘打った蕎麦屋さんがあちこちにある。
先日、小用で行った伊達で偶然見つけた蕎麦屋は、古風な趣のある内装で、蕎
麦はもちろん、だしも今まで食べた蕎麦で一番美味しかった。

美原では各官舎に小さな菜園がついていて、皆思い思いに野菜、花などを作っ
ていた。父も日常食べるあらゆる野菜を作っていた。
特に今でも思い出すのはトマトである。赤いもの、桃色がかったものと、収穫
の時期をすこしずらして作られた大きなトマトは、夏から秋まで、毎食大きな
丼にざくざく切って盛られていた。
今のトマトは改良されて青臭い匂いは殆どないが、昔食べたトマトはその茎の
ような匂いがもっともっと強かった。時々、昔のトマトが食べたいと思う。

家ではそれに砂糖をかけて食べていた。甘いおやつの少なかったその頃、丼い
っぱいのトマトはあっという間になくなった。さてそれからである。誰が残っ
た甘い汁を貰うのか、たいていはじゃんけんで決まった。トマトに砂糖なんて
と思われるかもしれないが、不思議と合うのである。

横道にそれたが蕎麦の話に戻らなくては。
父は菜園のほかに、家の近くの谷間の沢地を借り受けて蕎麦を作っていた。
白い花が風に揺れていたのを思い出す。稔を待って秋に根元から刈り取り、干
してから殻竿(からさお)を使って蕎麦の実を落とす。
ござの上に乾いた蕎麦を置いて、パタンパタンと殻竿で打つと、三角の硬い皮
をかぶった実が落ちる。

殻竿とは「豆類、粟などの脱穀や麦打ちに用いる農具。竿の先に更に短い竿を
枢(くるる)によって自由に回転できるようにつけ、これを回して打つもの」
と広辞苑にある。
父たちが使っていたのは、先に付いていたのは竿ではなく、もう一工夫されて
いた。私もやらせてもらったが、上手に使うのは難しかった。豆類も同様にし
て収穫した。

さて、その蕎麦は綺麗にごみを取り除いて、よく乾燥させて保管された。
籾のついた蕎麦の実を石臼で引くと粉と殻に分かれる。
母はその蕎麦粉をこねて、ひらぺったい団子状のものにして茹で上げて、味は
良く覚えていないが、醤油味のつゆをかけて、蕎麦掻を作って食べさせた。
蕎麦粉100%のそれは硬めで、子供の口にはそんなに美味しいものではなか
った。今思えば蕎麦粉100%は贅沢なものだったかもしれない。

さて蕎麦の殻のほうはといえば、枕の中に詰められてそば殻枕になった。
自給自足の昔の生活は子供たちも動員して忙しくもあったが、生きている実感
の多いものであった。

テレビで見たが蕎麦の蜂蜜があるそうだ。黒砂糖蜜のような色だなと思ってみ
ていたが、試食した人が黒砂糖のような味だといっていた。
あの白い素朴な花の蜜がと意外であった。

  蕎麦の花にも少年の日がなつかしい   山頭火

  何がこんなにねむらせない月夜の蕎麦の花   山頭火

  酔ひのさめゆく蕎麦の花しろし   山頭火

  蕎麦の花も里ちかい下りとなった   山頭火


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    著者 佐藤北耀

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