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      MAIL MAGAZINE  梟雑話

       2002/09/23  [020]

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 ふくらうはふくらうでわたしはわたしでねむれない
                 山頭火の句
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ぶどう酒

畑の垣根の裏に一株ある山葡萄が実をつけている。先日一房とって食べてみた
が甘くなっていた。葉は枯れているのもあるが秋色になって美しい。

小学生時代の美原では山葡萄は広葉樹に針葉樹に絡み付いて上へ上へと伸びて
沢山の実をつけていた。霜が降りた後の山葡萄の実は、シワシワになって一層
甘味を増す。よく食べたものである。

家には父が昭和7、8年ごろ勤めていたホテルから貰った、高さ50cmほど
の中国の老酒の容器だったと言う大きな甕があった。(今は庭に置いてある。)
秋霜が降りた後、ドンゴロス(麻袋)一杯に山葡萄を採ってきて、家族皆で実
をはずしてその甕に入れてぶどう酒を作った。

直径5〜10mm程の実で甕を一杯にするのには、何袋くらいの山葡萄を摘ん
だのだろうか。私も父について行って、山葡萄摘みをした記憶がある。
木に絡んでいる蔓をひきずりおろして房を次々採っていく。熊の大好物だと聞
いていたので、辺りを見回しながらビクビクものだった。

山葡萄は実は殆どが種である。
甕に入れて蓋をしておくと、ぶくぶくと泡だって自然に醗酵して、冬には濃い
葡萄色のぶどう酒になった。
上の黴のようなところを取り除いて、漉し袋で漉すと、その馥郁とした匂いは
家中に満ちて、どんなに美味しいものだろうと思ったものだが、舐めてみてが
っかり、子供の口には合わないのであった。

だがクリスマス、お正月には父がこれを水で薄めて砂糖を入れてなんとも美味
しい子供用の飲み物を作ってくれた。
グラスに注がれたそれは、ほのかな匂いの淡い葡萄色で、僅かなアルコール分
が私たちの頬を染めた。

シカゴで2軒目に住んだ家の大家さんはギリシャ人だった。
隣りに住んでいて間を仕切る低い垣根越しにお互いの庭が見える。
大家さんはガレージに這わせるように葡萄を作っていた。
鳥に食われて収穫はなかったが、お国を懐かしんで植えていたのであろう。

彼らは毎晩自家製のワインを楽しんでいた。ギリシャ人は議論好きのようで、
毎晩キッチンの小さなテーブルで、息子と3人でワインを飲みながらのディナ
ーは延々と続き大きな声で話し込んでいた。
時々漏れてくる会話はギリシャ語で、なんだか喧嘩をしているように聞こえた。

シカゴは北海道と殆ど四季が同じなので、今頃になると一族総出で市場に葡萄
を買い出しに行って、ワインを仕込むのである。
ガレージにテコを利用した木製の樽状の絞り装置を持ち出して、わいわいがや
がやと賑やかに、夕方遅くまでかかって絞るのである。

仕事が終わると外にテーブルを出して灯りをつけて、肉を焼き、皮付きのフラ
イドポテトを作り、遅くまで食べたり飲んだり、なんとも楽しそうな風景であ
った。
ギリシャ神話の酒の神、バッカスの収穫の祝宴の絵を見たことがあるが、ギリ
シャのこの時期の田舎の町では、どこの家もこんな光景なのだろうかと思った
ものだ。

翌日の裏路地のごみ置き場には、葡萄の木箱が山に積まれて、箱のしみで今年
作ったのは赤ワインか白ワインかわかるのである。
クリスマスには新ワインをデキャンタにいれて今年のワインだと言って、奥さ
んのお母さんが作ったギリシャのクリスマスのクッキーと一緒に持ってきてく
れたものだ。

アルコールのあまり得意でない私にもその美味しさがわかるほど、毎年上手に
作っておられた。
庭でバーベキューパーティなどをしていると垣根越しに皆で飲んでくれと持っ
てきてくれた。優しかった大家さんの笑顔は忘れられない。

  わがゆく路に花を散らせ  この新しい穀物と葡萄の祝祭
                        吉田一穂詩 酒神より


  ほろほろ酔うて木の葉ふる  山頭火

  酔うてこほろぎと寝てゐたよ  山頭火
  酔うてこほろぎといっしょに寝てゐたよ  山頭火
 
  酔ひざめの星がまたたいてゐる  山頭火

  ふるつくふうふう酔ひざめのからだよろめく  山頭火

  酔ざめの風のかなしく吹きぬける  山頭火

 山頭火の酒、酔いの句は沢山あるが悲しい・・・ああ
 


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    著者 佐藤北耀

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