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      MAIL MAGAZINE  梟雑話
       2002/12/09  [031]

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 ふくらうはふくらうでわたしはわたしでねむれない
                 山頭火の句
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先日来、長野県下諏訪町の住宅街で猿が女性ばかり狙って、噛み付いたという
ニュースが続いているが、もう捕まっただろうか。
猿については怖かった思い出がある。

美原の農場では、年に一度夏休みだったと思うが、家族ともどもの慰安旅行が
あった。小学何年生の頃だったか洞爺湖温泉に行ったことがある。
例によってトラックの荷台に乗って出かけたと記憶している。

旅館の入り口の横には一匹の猿が鎖につながれていた。
部屋に落ち着いて一休みしてから、それぞれ思い思いに旅館の中を探険(?)
したり外に散歩に出たりして、私は気になっていた玄関横の猿を見にいった。

今はその猿がどんな顔だったのか、どんな大きさだったのか覚えていないが、
きっと可愛かったから見にいったのだと思う。
離れて見ていたのだが、そのうちに近づき過ぎたのだと思う。
猿の手の届く範囲内に立ち入ってしまった。
猿はスカートをつかみ、動転している私の素足に絡みついた。

私がギャーギャー泣き喚いたものだから、猿も興奮して余計しがみついた。
旅館の人が助けにきてくれるまで、そんなに長い時間ではなかったと思うのだ
がいまだかってない恐怖だった。爪で引っかかれたが軽い傷ですんだ。

それからはイヌでも猫でも爪と歯を持った動物に近づくのが怖くなった。
嫌いではないのだが、可愛いとは思っても撫でたり抱いたり出来なくなった。
特によその家に行った時に、猫や犬が家の中にいると怖気づいてしまう。

今、父の家に秋田犬がいるのだが、餌をやって面倒を見ている人には絶対噛み
付かないと獣医さんに言われたけれど、犬の脚の届かないところから手を伸ば
して撫でてはやるが、歯のついた顔を手のほうに向けられるとおもわず手を引
っ込めてしまう。

時間と言うものはいろいろなことを忘れさせてくれる。
長じてから私は動物園で猿を見るのが好きだった。
小猿のあの可愛い顔、毛づくろいをしあう姿、餌をめぐってキーキー喧嘩する
さま、見ていて飽きることがない。

むかし比叡山に行ったとき、ロープウエーで山頂に着くとあちこちに野生の猿
がいた。
夏の暑い日だったのでハンカチを出そうとハンドバッグをあけたら、私をめが
けて大きな年のいった貫禄のある猿が、ノッシノッシと歩いてきた。
恐ろしくて何気ないように装ってロープウエーの方に早足で引き返した。
何事もなくてほっとしたが本当に恐ろしかった。

いくつもある立て看板には「餌をやらないでください」とか「猿に注意するよ
うに」と書いてあったが、バッグを開けただけで、あるいはビニールの買い物
袋を下げている人を見て猿が近づいてくると言うことは、人間が軽い気持ちで
餌を与えたことの結果なのだろう。
動物園でも「餌を与えないでください」という看板はよく見る。
無責任に可愛いからといって、食べ物を与えてはいけないということなのだろ
う。

映像で見た下諏訪の猿は大きく怖い顔をしていた。
弱そうな女の人を狙うと言うのだから、その知恵に感心する。
早く捕まって安心して生活できますように。

  裸木に一句作らしたといふ猿がしょんぼり  山頭火

  (昭和11年3月25日の日記にある句だが芭蕉遺跡を探る旅のようで
   弁天島でとあるが芭蕉はどんな句を作ったのだろうか。)


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    著者 佐藤北耀

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