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MAIL MAGAZINE 梟雑話
2003/03/17 [046]
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ふくらうはふくらうでわたしはわたしでねむれない
山頭火の句
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凍(い)て蝶
2週間ほど前になるだろうか。
前夜の強風で温室のガラス窓の外側に張ってあった、保温用のビニールがはず
れてしまった。
寒い中つけなおしていると、温室と積もった雪のあいだの隙間にたまっている、
枯れて茶色になった柏の葉の上に、小さな蝶の死骸があった。
クリーム色に白とねずみ色を振りかけたような色合いである。
そのうちに絵に描いてみようかな、これは思いがけない天からの贈り物と嬉し
くて、毛糸の帽子を脱いでその中にそっと置いた。
ビニールをつけなおし終わって部屋に戻り、机のうえの毛氈の上にそっと置い
て、デジカメに収めようと用意していたら、触角が動いたように思った。
気のせいか、空気でも動いたのかと思って更に見ていると、触角も脚も動き始
めたので驚いた。
カメラの調整をしていると、蝶はもっと活発になり体を起こしたのである。
動かない蝶で接写をしてみようと思っていたのだが、ピントの合わないものを
数枚とってあきらめた。
階下におりて父に話すと、「俳句の冬の季語に(凍て蝶)というのがある」と
教えてくれた。
「凍て蝶」痛々しくも美しい言葉だ。
辞書には「冬まで生きながらえて、ほとんど動かない蝶」とある。
この蝶は寒くなってきて冬を乗り越えるために仮死状態だったのだ。
私は春を待って寝ていた蝶を起こしてしまったのである。
このままにしておいてはいけないと思って、玄関のフードの窓際に置いた。
外と同じくらい寒いところだ。
するとどうだろう、動きが少しずつ鈍くなり数分も経たぬうちに、体を横にし
て見つけたときと同じ状態になったのだ。
活動が鈍くなってから写真を撮ったが、動かなくなって横になった写真を
ホームページhttp://hokuyo.rainy.jp/に載せましたので見てください。
図書館で「北海道の蝶」という本を借りてきて見たが、モンシロチョウとも違
って紋のない小型のこの蝶は、たぶんヒメシロチョウだと思う。
今も見てきたが、当然のことだがピクリとも動かず同じ状態で横たわっている。
一体何℃になったら起きだして、何℃になったら仮死状態になるのだろう等知
りたいが、本には書いてなかった。
途中で起こされた蝶は暖かくなったらまた目を覚ますのだろうか。
元気に春をむかえて欲しいものである。
凍て蝶とはちょっと違うが、以前テレビでメキシコのある地方の数本の巨大な
樹に、越冬のためにアメリカの各地から、同一種類の蝶が集まるのを追跡した
ドキュメンタリーを見た。
主としてフロリダ半島から飛んでいく蝶を追跡していたのだが、蝶達は過酷な
長距離飛行に備えて体力をつけるのである。
餌となる蜜をもった花が少ない年の蝶や、多くを吸えなかった蝶は、メキシコ
のその樹まで到達できずに途中で力尽きてしまうという。
丸々と太った蝶は、その樹についたころにはすっかり痩せてしまうのだそうだ。
数本の巨大な樹には、葉という葉にこれ以上一匹も止まれないというほど、
びっしりと刺さるように蝶が止まって、信じられない光景だった。
凍て蝶といい、この蝶といい、なんと凄い不思議な力を持っているのだろう。
蝶々よずゐぶん弱ってゐますね 山頭火
それは死の前のてふてふの舞 山頭火
光と影ともつれて蝶々死んでおり 山頭火
風ふけばどこからともなく生きてゐててふてふ 山頭火
てふてふもつれつつかげひなた 山頭火
てふてふうらうら天へ昇るか 山頭火
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著者 佐藤北耀
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