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      MAIL MAGAZINE  梟雑話
       2003/06/23  [060]

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 ふくらうはふくらうでわたしはわたしでねむれない
                 山頭火の句
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ブルース

中の息子はシカゴに行ってからすっかりブルースの虜になってしまった。

高校生になったばかりで、突然の父親の転勤であった。
荷物も片付かない到着後2日目、現地校へ手続きに行ったら明日から登校しな
さいと言われた。

こういう日が来ると知っていたら、特別に英会話でも勉強させておくのだった
けれど、ある日突然聞かされて、1ヶ月ほどで現地に赴かなければならないの
が、サラリーマンの家庭の辛いところだ。

中学で日本式に英語の勉強はしていたけれど、会話などしたこともないままア
メリカの高校に入ったのである。
何を言っているのか全くわからない中で、朝から夕方まで授業の中にいるのは
想像に余るものがある。

家にいる時によく訳のわからぬ奇声を上げていた。
本当に「キー」とか「イー」とかわめくのである。
「母さんはいいよな。外に出たくないときは家にいればいいし、買い物ぐらい
だろう。英語の中に一日中いてみろよ」と、その頃よく言っていた。

その通りで言葉の要らないスーパーマーケットでの買い物で、大きさでは価値
が判断できない、また別の呼び名のあるコインの使い方に苦労していた頃だ。
クレジットカードが取得できるようになったら、カードを出してサインをする
だけで英語なしでも充分いけるのだから楽なものだと言うことになるのだろう。

アメリカの家は大抵地下室がある。
日本にいたときから少しやり始めていたギターを持って、この子は地下にいる
ことが多くなった。
楽譜が読めるわけではなかったので、スティービーレイボーンのCDを買って
アンプを買って、繰り返し繰り返し耳で聴いて音を探って弾いていた。
学校でのストレスを発散させていたのだろう。

テレビでレイボーンが放映されたのを録画して見たり、伝記本を買って読んだ
りそれは熱心で、やがてレイボーンの被っているようなつばの大きい帽子を被
りブーツを履くようになった。
向こうの学校は服装も自由で帽子を被ったままで授業も受けることができる。
ハットとブーツの息子はこれで自己主張していたのである。

もとより超堅物の父親はそんな息子が情けないらしく顔さえ見れば文句を言い、
息子は益々のめりこんでいった。
私はそんなスタイルを通す息子が恥ずかしかったが、2人でがみがみ言っては
ストレスでどうにかなるのではと心配でいつも夫とやりあっていた。
地下室のブルースは隣家の大家さんにも漏れ聞こえるようで、息子の顔を見る
たび、「弾いて聴かせてくれ」と言っていた。

ブルースの本場シカゴはバディーガイが有名で、行ったことはないがダウンタ
ウンには彼の店があるそうで、テレビで見る彼は胸当てのついたジーンズでギ
ターを弾いて歌いブルースに酔いしれていた。
レイボーン、ジミーヘンドリックスなどは麻薬で若くして死んでいる。(レイ
ボーンは飛行機事故だったが)

子を持つ親としてはそこが気にいらなかったが、夫々の音楽人生のビデオを見
たら皆音楽には懸命で、過酷なスケジュールや偏見、創作に疲れてのことで、
天才は悲しいものだと思い、生きていたら一度ステージを見てみたかったと思
うのだった。

さて息子はアメリカの大学生活に挫折して今は東京で専門学校に通いながら、
ブルースも相変わらず続けている。
ブーツは変わらないが、ハットは卒業して、今は押入れに3個ほど眠っている。

昨年あたりから時々外国人相手のブルースバーで数人の仲間と演奏している。
ギャラなしで修行をさせてもらっている。
「聴きに来て」といわれながら機会がなかったが、1月に機会があってみてきた。
音量や音質の調整がまだまだだが、似たような年頃の若者5人が一生懸命やっ
ていた。

レイボーンやバディーガイのように時々目を瞑り、体や頭を傾けてギターを弾
いている息子は幸せそうだった。
それが課題だと認めている歌う声は、もっと通るように発声練習しないとドラ
ムやギターの音に負けてしまう。

「母さんは、ニューオリンズの道端でベンチに腰掛けてギター弾きながら歌っ
ていた、あのおじいさんのような人に語り聴かせるようなブルースがいいな」
といったら、「人生経験の少ない俺には、それはまだ無理だよ」とあっさり言
われた。

今はぎんぎんのブルースでいいのだろう。
ギターとしわがれた声で語り聴かせるブルースが歌えるようになるのを見届け
たいと思う。

  ビルからビルへ東京は私はうごく  山頭火

  ビルがビルに星も見えない空  山頭火

  いちにちわれとわが足音を聴きつつ歩む  山頭火

  ふるつくふうふう逢ひたうなった  山頭火

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    著者 佐藤北耀

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